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東京高等裁判所 平成元年(行ケ)82号 判決

原告 クロバー株式会社

被告 特許庁長官

主文

特許庁が、昭和五九年審判第一八八〇三号事件について平成元年二月二三日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

主文同旨の判決

二  被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決

第二請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和五六年六月一六日、意匠に係る物品を「編針」とする別紙(一)のとおりの意匠(以下「本願意匠」という。)について意匠登録出願(昭和五六年意匠登録願第二六三〇〇号)をしたところ、昭和五九年六月二五日拒絶査定を受けたので、同年一〇月四日これを不服として審判の請求をした。特許庁は、右の請求を昭和五九年審判第一八八〇三号事件として審理した結果、平成元年二月二三日「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をした。

二  審決の理由の要点

1  本願意匠は、願書の記載及び願書添付の図面によれば、意匠に係る物品が「編針」であり、意匠の内容を別紙(一)に示すとおりとしたものである。

2  これに対して、当審が、類似するとして引用した意匠は、本出願前公知(昭和五五年一二月二〇日発行)の日本ヴォーグ社発行の雑誌「別冊 毛糸だま特選ベスト」裏表紙見返し所載、株式会社パピーの広告中左下隅写真掲載のケース入り竹あみ針のうち、最上段左より第五番目のケース内に収納されている左側の「編針」の意匠であって、同頁の記載全体から、意匠に係る物品が「編針」であり、意匠に係る形態が写真版によって現されたもので、その意匠の内容は、別紙(二)(右刊行物の左下隅写真の実物大写真であり、審決の指摘するケース内左側の編針の意匠を以下「引用意匠」という。)に示すとおりである。

3  そこで、本願意匠と引用意匠について比較検討すると、両意匠に係る基本的な構成態様について、〈1〉全体が、かなり細長い棒状のもので、先端部を先細りとし、後端部に径の大きな頭部を設けた態様とした点、が一致しており、その具体的な態様についても、〈2〉頭部につき、その径がおよそ軸部の二倍のもので、高さを径の長さと略同じものとした略円柱状のもので、上下辺の稜部に丸味を現した態様とした点、が共通しているものである。

4  ところが、両者間には主として、請求人(原告)も主張するとおり〈1〉頭部につき、上辺の稜線の丸味の強弱の差異、〈2〉頭部の上面部の中心に若干の隆起を有するか否かの差異、が認められる。

5  しかしながら、〈1〉の点については、正面、側面において本願意匠のものが頭部の全体形状が略正方形状に現されているのに対して、引用意匠のものは下方に向かって漸次拡径せしめられ所謂下膨れ状の俵形に形成されている点に差異がある旨請求人(原告)は主張しているところであるが、本願意匠のものも頭部の上下辺の稜部には丸味を現しているものであり、引用意匠のものについても記載頁の写真によれば、頭部下辺よりも極めてわずかに頭部上辺に丸味が強く現れているものであることが認められる程度であり、請求人主張(原告)のごとく俵形に形成されているという程のものではなく、頭部全体の大きさ、上下辺の稜部に丸味を現した略短円柱状であるという共通点における限られた小さな部位における差異であり、両意匠の類否判断に与える影響も微弱であって、類否判断の要素としては高く評価することはできない。〈2〉の点についても、本願意匠のものが若干の隆起を有するものであるのに対して、引用意匠のものはこの点が明らかでないが、本願意匠のものも別紙(一)に示されたとおり、いわれて初めて気がつく程度の隆起であって、隆起というには程遠いものであり、仮に引用意匠のものに差異があったとしても、頭部における頭頂部という限られた部位におけるごくわずかな差異ということができ、ましてや頭部全体ないし意匠全体としては極めて些細なものというほかなく、両意匠の類否判断の要素としてはほとんど斟酌の余地のない程のものである。

6  してみると、前記の差異が相侯った効果を考慮したとしても、前記の一致するとした基本的な構成態様及び共通するとしたその具体的な態様は、看者の注意を強く惹くところであって、両意匠の形態に関する主要部を構成するものであり、かつ全体の基調をなす特徴といわざるを得ないものであるから、類否判断を左右する支配的要素と認めざるを得ない。

7  したがって、両意匠の形態について一致するとした基本的な構成態様及び共通するとしたその具体的な態様によって表象される支配的要素による“まとまり”が共通し、これから生ずる美感をも共通にすることとなるから、両意匠は類似する意匠であるといわざるを得ない。

8  以上のとおりであって、本願意匠は、引用意匠に類似する意匠であるから、意匠法三条一項三号に規定する意匠に該当し、意匠登録を受けることができない。

三  審決を取り消すべき事由

審決の理由の要点1、2は認める。ただし、引用意匠が「竹あみ針」に係るものであることは引用刊行物における記載文言でわかるのであって、引用意匠からは知ることができない。同3のうち共通点〈1〉の認定は認めるが、〈2〉の認定は争う。同4は認める。同5〈1〉のうち、本願意匠が「正面、側面において頭部の全体形状が略正方形状に現されていること」は認めるが、引用意匠の頭部が、「頭部下辺よりも極めてわずかに頭部上辺に丸味が強く現れた、上下辺の稜部に丸味を現した略短円柱状である」との認定及びこの認定に基づいた両意匠の類否判断上の評価は争う。〈2〉の評価は争わない。同6ないし8は争う。審決は、引用意匠の認定を誤り、かつ両意匠の対比判断に当たって要部の認定を誤ったために、両意匠の類否判断を誤ったものであるから、違法として取り消されるべきである。

1  玉付き編針の意匠における意匠創作上の要部

編針には、鉤編針、棒編針等のいくつかの種類があるところ、本願意匠と引用意匠とはそのうちの所謂「玉付き編針」と称されるものに属するものである。そして、玉付き編針は、一般に先端に危険がない程度に尖らせた棒状の軸体の基端に、編目の逸脱を防止するために軸体の外径より大なる外径を有する頭部(玉)を冠して成るものであるから、かかる基本的構成をとることは、その機能上避けることができない。就中、軸体は、編目を形成し保持するという機能上の制約から単純な棒状に形成するほかないので、市販の編針の軸部はいずれも略大差のない棒状をなしている。したがって、各編針製造業者は、自己の製造販売に係る編針をその形状の意匠によって個別化しようとすれば、畢竟その頭部の形状を工夫するほかなく、事実、頭部の形状は、各編針製造業者によって区々となっている。また、かかる実情を編針の取引者、需要者側からみれば、その頭部形状の特徴が商品選択の際における一種の識別手段たり得ることを意味している。しかして、玉付き編針に係る形状の意匠において、意匠創作上の要部は頭部の具体的形態に尽きるといっても過言ではないのである。そして、かかる編針の頭部は、通常、曲面と曲線でもって構成されるのが基本であり、尖鋭部や鋭角部を設けることは、いわば奇を衒った邪道である。けだし、運針時において、軸体の尖った先端側は手指のコントロール下にあるが、頭部は自由端として編み作業者の胴体もしくは大腿部にしばしば当接することに加え、編み作業の行われる環境下にはしばしば匍匐年齢の幼児が存在すること等を考えれば当然のことである。このように、編針の頭部の形状は、編針製造業者がこれを自由奔放に選択し得るものではなく、尖鋭部や鋭角部の形成を避けて曲面と曲線を基調としなければならぬという一定の制限を受け、かかる制限された範囲内で意匠創作がなされるのである。したがって、玉付き編針に係る両意匠の類否判断は、かかる実情を踏まえてなされるべきであり、「湾曲面を有する径大の頭部が軸部後端に冠せられている」という一般的ないし基本的形状が共通するといった粗大な視点で両意匠が類似すると即断するのは妥当ではなく、頭部を構成する面や線の具体的な形態にも着目し、より細密な視点で類否の判別がなされるべきである。

2  本願意匠の創作上の要部

本願意匠の創作上の要部は、審決摘示の玉付き編針の基本的な構成態様を踏まえた上で〈1〉頭部頂面の中心を僅かながら隆起せしめた開傘状とし、〈2〉側面を僅かに外膨れの太鼓胴状とし、〈3〉底面を偏平な丸板状とし、〈4〉これら開傘状頂面と太鼓状側面間並びに丸板状底面と太鼓状側面間の各角度をいずれも略九〇度とするとともに、これらの角部に形成される稜部に面とりを施して僅かに丸味(アール)を付し、〈5〉開傘状頂面、丸板状底面間の距離と太鼓状側面の相対する面間の距離とを略等しくすることにより、頭部の全体形状がその正面図、背面図、左右側面図のいずれにおいても略正方形状を呈する、ようにした具体的態様にある。

3  引用意匠の認定の誤り

(一) 意匠法三条一項二号にいう「刊行物に記載された意匠」とは、一般に、肉眼で特定可能な程度に記載された意匠を意味し、顕微鏡や拡大鏡の助けを借りたり、拡大複写しなければ意匠を明確に特定できないような記載は、「記載された」とはいえないと解されている。けだし、(a)意匠は人間の肉眼に映ずる物品の美的外観に存立するものであるから、意匠法が肉眼で視認できないような美観までも積極的に対象としているとは考えられないこと、(b)発明、考案に係る刊行物(特許法二九条一項三号、実用新案法三条一項三号)が、技術的思想の理解の可否をもって記載要件充足の基準とされているのに対し、意匠に係る刊行物(意匠法三条一項二号)は、かかる技術的思想とは無関係な美感の開示を問題としているのであって、何らかの拡大装置を使用しないと当該意匠の要部の具体的形態が明確に把握できないようなものまでも意匠法三条一項三号の刊行物に含ましめる理由はない。したがって、引用意匠の具体的形態を認定するに当たっても、肉眼で特定可能な程度の限度においてその構成をみるべきである。

(二) ところで、審決の引用した刊行物の広告頁中の写真の被写体である玉付き編針は、その頭部の横幅寸法が一ミリにも満たない微小なもので(実測値僅か〇・六ミリ程度)であり、しかも写真がピンボケで輪郭線が不鮮明なため、肉眼でみるかぎりほとんど丸っぽい点としてしか把握しようのないものであり、編針に関する既成概念から想定可能な範囲を最大限に考慮に入れても、該写真から特定できるのは、せいぜい「棒状の軸体の頂部に丸っぽい径内の頭部を冠した編針」の域に止まり(したがって、審決が基本的な構成態様〈1〉として摘示した点は争わない。)、審決摘示のごとき頭部の具体的態様までは到底明確には視認し難いものである。すなわち、審決は、頭部の具体的な態様についても、「その径がおよそ軸部の二倍のもので、高さを径の長さと略同じものとした略円柱状のもので、上下辺の稜部に丸味を現した態様とした点、が共通している」〈2〉としたが、この点の認定は誤りである。けだし、別紙(二)をみても、引用意匠の頭部の径がおよそ軸部の二倍のものであるかどうか判然としないし、その頭部の高さが径の長さと略同じであるか否かも必ずしも定かではないし、まして、引用意匠の頭部の形状が略円柱状であること及びその上下辺に稜部が存在することなどは、到底窺い知ることができないからである。そして、右の引用意匠の認定の誤りは、引用意匠を示す写真があまりにも微小かつ不鮮明であることに起因していると思われる。なお、審決が基本的な構成態様〈1〉として摘示した点は、すべての玉付き編針に共通するものであるから、これをもって両意匠に共通の“まとまり”とするならば、最早今後玉付き編針についてはいかなる意匠も登録され得ないことになる。

4  審決における両意匠の要部の認定評価の誤り

(一) 審決は両意匠の類否を判断するに当たり、「両意匠に共通な基本的な構成態様〈1〉及び具体的な態様〈2〉は、看者の注意を強く惹くところであって、両意匠の形態に関する主要部を構成するものであり、かつ全体の基調をなす特徴といわざるを得ないものであるから、類否判断を左右する支配的要素」であるとし、また「共通する基本的な構成態様及び具体的な態様によって表象される支配的要素による“まとまり”が共通し、これから生ずる美感をも共通にすること」になるとしたが、右の認定評価は、合理的な根拠を欠くものというべきである。すなわち、前述したとおり、玉付き編針の意匠においては、審決摘示の基本的な構成態様〈1〉はすべてのこの種編針に共通し、意匠創作上の要部は頭部の具体的形態に集中する傾向にあるのであるから、当然これを踏まえた上での類否判断がなされるべきであり、「湾曲面を有する径大の頭部が軸部後端に冠せられている」という一般的ないし基本的形状が共通するといった粗大な視点で両意匠が類似する認定評価するのは妥当ではなく、頭部を構成する面や線の具体的な形態にも着目し、より細密な視点で類否の判断はなされるべきである。

(二) 本願意匠の創作上の要部は、前述の〈1〉ないし〈5〉のようにした具体的態様にあるが、かかる具体的態様は、引用刊行物から視認し、かつ編針の既成概念から想定し得る範囲外のものであり、したがって、本願意匠と引用意匠の「意匠的まとまり」ないし「美感」が共通するなどとはいえないはずである。

第三請求の原因に対する認否及び被告の主張

一  請求の原因一及び二の事実は、認める。

二  同三の主張は、争う。審決の認定判断には、正当であって、審決には、原告主張のような違法の点はない。

三  被告の主張

1  玉付き編針における意匠創作上の要部について

本願意匠は、その意匠に係る物品を「編針」とするものであって、編針の「頭部」それ自体としたものではない(意匠に係る物品を頭部のみとする出願も登録され得る。)。したがって、各編針製造業者がその製造販売に係る編針をその形状の意匠によって個別化しようとすれば、その頭部の形状を工夫するほかないから、そこに意匠創作上の要部がある旨の主張それ自体は認められるものの、それはあくまでも編針の「頭部」についてのことであり、編針全体としてはすぐに首肯できない。審決においても、編針全体の意匠として、基本的な構成態様について〈1〉「全体が、かなり細長い棒状のもので、先端部を先細りとし、後端部に径の大きな頭部を設けた態様とした点、が一致しており」と認定し、その具体的な態様についても、〈2〉「頭部につき、その径がおよそ軸部の二倍のもので、高さを径の長さと略同じものとした略円柱状のもので、上下辺の稜部に丸味を現した態様とした点、が共通しているものである。」と認定しているものである。したがって、編針の意匠において、一般的に編針の頭部にウエイトが多少多くかかるものであることは否めないとしても、意匠全体としては、現に存する「針」部分が、いわゆる周知の態様のものであったとしても、これを無視する謂れはなく、結局、意匠全体からみれば、頭部は編針全体の部分であり、頭部それ自体の形態についての差異は「頭部」同士の比較におけるのとは異なり、同じ大きさの差異であっても編針全体の意匠としては小さな差異となると考えることが一般的であり、また自然である。

2  引用意匠の認定について

引用意匠は、別紙(二)に示すとおりの内容からなるものであるところ、その意匠に係る「編針」は、頭部と細長い直線状の軸部分を有するものであることは明らかである。また、引用意匠自体は、小さなものであるとしても、編針の当業者、需要者は、「編針」の形状等について、その分野に精通した知識を有しているから、別紙(二)によって示される形態において、具体的な態様についても、頭部の径が目測によればおよそ軸部の二倍のもので、その高さが目測によれば頭部の径の長さと略同じものとした略円柱状のものであって、上下辺の稜部に丸味を現した態様としたものであることが視認できるものといわなければならない。したがって、審決における引用意匠の認定には誤りはない。

3  両意匠の要部の認定評価について

前述のとおり編針の意匠において、一般的に編針の頭部にウエイトが多少多くかかるものであることは否めないとしても、本願意匠のように意匠に係る物品を「編針」全体とする意匠出願においては、「針」部分が、いわゆる周知の態様のものであったとしても、これを無視することができないから、頭部それ自体の形態についての差異は、意匠に係る物品を「頭部」とした場合に比し、同じ大きさの差異であっても編針全体の意匠としては小さな差異となると考えられる。このような観点から、本願意匠と引用意匠とをみると、両意匠の差異〈1〉の点は、審決の認定判断のとおり「頭部全体の大きさ、上下辺の稜部に丸味を現した略短円柱状であるという共通点における限られた小さな部位における差異」であり、差異〈2〉の点も、仮に引用意匠のものに差異があったとしても、頭部における頭頂部という限られた部位におけるごくわずかな差異」であるから、結局、これらの差異は、両意匠の類否判断の要素としてそれ程高く評価することができないものといわざるを得ない。したがって、両意匠は類似する意匠であるとした審決の認定判断は正当であり、原告主張のような違法の点はない。

第四証拠関係〈省略〉

理由

一  請求の原因一及び二の事実(特許庁における手続の経緯及び審決の理由の要点)については、当事者間に争いがない。

二  取消事由についての判断

1  本願意匠及び引用意匠は、別紙(一)及び(二)にみられる構成態様の意匠であり、その意匠に係る物品がともに「編針」であること、及び両意匠の基本的な構成態様としては、ともに「全体が、かなり細長い棒状のもので、先端部を先細りとし、後端部に径の大きな頭部を設けた態様」(共通点〈1〉)のものとして共通しており、所謂玉付き編針と称されるものに属することは当事者間に争いがない。

2  ところで、右の構成形態から明らかなように、玉付き編針は、編棒の軸体の基端に編目の逸脱を防止するために編棒である軸体より外径が大きな頭部を設けて成る極めて単純な構成のものである。このことに加えて、当然のことながら、編棒としての軸体は、編目を形成し、保持するものとして先細りの棒状でなければならないし、また、頭部はその底面において編目の逸脱を防止するという機能をもたされているうえに、危険防止の点から鋭角部の形成を避けなければならないという機能や使用の実際上からの制約があるために、軸体は勿論、頭部についても意匠の創作の幅はさほど広いものとは認められない。この観点からして、本願意匠と引用意匠との類否判断をするに当たっては、玉付き編針の基本的な構成態様を当然の前提としながらも、玉付き編針における頭部を構成する具体的な形態や軸体との具体的な関連に着目してなされるべきが相当である。このように玉付き編針の意匠においては、機能や使用の実際上からの制約があることから、比較的意匠創作の余地のあるところの、特に頭部の全体的な形態、これを構成する側面や頂面の形態等に着目した類否判断がなされるべきである。

3  成立に争いのない甲第二号証(本願意匠の意匠登録願書添付の図面)(別紙(一))によれば、本願意匠は、玉付き編針としての基本的な構成態様を備えた上で、〈1〉頭部頂面の中心を僅かながら隆起せしめた開傘状とし、〈2〉側面を僅かに外膨れの太鼓胴状とし、〈3〉底面を偏平な丸板状とし、〈4〉これら開傘状頂面と太鼓状側面間並びに丸板状底面と太鼓状側面間の各角度をいずれも略九〇度とするとともに、これらの角部に形成される稜部に面とりを施して僅かに丸味(アール)を付し、〈5〉開傘状頂面、丸板状底面間の距離と太鼓状側面の相対する面間の距離とを略等しくすることにより、頭部の全体形状がその正面図、背面図、左右側面図のいずれにおいても略正方形状を呈するものとし、〈6〉頭部の径は先細りとした軸体のおおよそ二倍としたものであることが認められる。右の具体的な構成態様からみて、本願意匠は、開傘状頂面と太鼓状側面間並びに丸板状底面と太鼓状側面間の各角度をいずれも略九〇度とするとともに、これらの角部に形成される稜部に面とりを施して僅かに丸味(アール)を付し、開傘状頂面、丸板状底面間の距離と太鼓状側面の相対する面間の距離とを略等しくすることにより、頭部の全体形状がその正面図、背面図、左右側面図のいずれにおいても略正方形状を呈するようにした点に意匠としての特徴があるものと認められる。

4  引用意匠が、引用刊行物中の広告写真のうち最上段左より第五番目のケース内に収納されている左側の「編針」の意匠であり、これが別紙(二)にみられるとおりのものであることは、当事者間に争いがない。

ところで、引用意匠は、別紙(二)にみられるとおり極めて小さいものであり、玉付き編針のもつ前記のごとき基本的な構成態様についての既成の知識を前提として当業者の立場から観察しても、肉眼で引用意匠から識別認識できることは、たかだか、「全体が、かなり細長い棒状のもので、先端部に先細りとし、後端部に径の大きな頭部を設けた態様」(審決摘示の基本的な構成態様〈1〉)にすぎないものと認めるのが相当である。すなわち、審決は引用意匠の頭部について、本願意匠と共通の基本的構成態様として、「その径がおよそ軸部の二倍のものであり、高さを径の長さと略同じものとした略円柱状のもので、上下辺の稜部に丸味を現した態様」を備えていると認定しているが、別紙二をみても、頭部の径と軸体との比や高さと径との関係が審決認定のように明確には認識できないうえに、上下辺の稜部があるのか否かも判断としない。かえって、審決の引用した広告写真が極めて小さいので、引用意匠の頭部は、その側面の外膨れが際立ち、頭部全体の印象としては側面の丸味が強調されているごとく認識される。また、審決は、引用意匠の頭部の具体的態様として「頭部下辺よりも極めてわずかに頭部上辺に丸味が強く現れている」と認定しているが、別紙(二)をみても到底そのように明確に看取することはできず、むしろ、頭部上下の丸味の差を見いだすことは困難である。しかして、玉付き編針の意匠としての基本的な構成態様を備えた意匠においては、頭部を構成する具体的な形態や軸体との具体的な関連に着目して類否の判断がなされるべきであり、かつ本願意匠の特徴も頭部にあることは前述のとおりであるが、引用意匠からは、右のように類否判断の中心となるべき頭部についての構成態様を明確に把握することができないのであるから、引用意匠と本願意匠との類否につき、正確な対比判断をして本願意匠が意匠法三条一項三号に該当し意匠登録を受けることができない意匠であると断定することは不可能というほかない。したがって、かかる引用意匠を対比資料として、これが本願意匠に類似するとした審決は、結局その類否判断を誤り、本願意匠について意匠法三条一項三号を適用したもので、この違法は審決の結論に影響を及ぼすものといわざるを得ない。

三  以上のとおりであるから、認定判断を誤った違法があるとして審決の取消しを求める原告の本訴請求は理由があるので、これを認容することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法七条及び民事訴訟法第九条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 松野嘉貞 舟橋定之 小野洋一)

別紙(一)

別紙(二)

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